守村悠季の葬式が終わったあと、宅島はどこかぽっかりと穴が空いた気分で日々を過ごしている。
悠季が残していったCDの売れ行きは上々だった。
彼がこのCDを録音した直後に亡くなったという話題性もあったが、それ以上に彼の繊細で感情豊かな演奏が多くの人々を惹きつけ愛された。
このCDのマネージメントや他にもあれやこれやで宅島のやることは多くあり、それもどうやら一段落付いたのは悠季が亡くなってから1年以上が過ぎてからだった。
その後SMEの中のいろいろな担当の補助やら臨時のマネージャーを務めたりと雑用はこなしていたが、そろそろ上から正式に次の担当につくようにうながされていた。宅島もそうしなければいけないと考えてはいたが、桐ノ院圭や守村悠季の後にマネージメントしたいと思えるような人物はなかなか現れず、ぐずぐずとしているうちに月日は過ぎ、もうじき悠季が亡くなってから2年が経とうとしている。
こんなことではいけないと、自分を叱咤してもなかなか元のように仕事に情熱を傾けられなくて、ため息ばかりが出てくる。それほど彼が担当し、友人となっていた二人には強いインパクトがあったのだ。
そんなある日、事務所にいた彼のもとに一本の電話があった。出てみると桐院小夜子からで、悠季のCDのことで会って以来の久しぶりのものだった。
「もしもし。ああ小夜子さんですか。ご無沙汰しています」
《本当にご無沙汰しておりましたわね。お元気そうな声でいらっしゃいますこと。よかったですわ》
「小夜子さんも富士見銀行の頭取として、ご活躍されている記事を経済新聞などで時々拝見していますよ」
《ありがとうございます。実は今日ご連絡を差し上げたのは・・・・・》
小夜子は身内と親しい者たちだけで悠季の三回忌を行うので、宅島にも出席してくれないかと都合を聞いてきたのだった。
「・・・・・ああ、守村さんの三回忌ですか。来月の第二週の日曜。はい喜んで伺わせていただきます」
《有も宅島さんとお会いしたいと申しておりましたのよ》
「そうですか。僕も会えるのを楽しみにしていると伝えておいて下さい」
宅島はまだ桐院家とのつながりが切れていなかったことに気がついた。桐ノ院圭は亡くなっているが、桐院有のマネージャーをやることも考えられるのだと。だが、悠季の死んだ今でも、彼には音楽に賭ける情熱はまだ残っているのだろうか?
不安と期待とを胸に、宅島は桐院有と会える日を楽しみに待っていた。
彼が指定された日に出かけると、葬式の時同様に桐院有が喪主を務めて、守村悠季の三回忌の法要が行われた。悠季の姉たちやフジミの石田や福山が招かれ、小規模とはいえ20人ほどの出席者が集まるものとなっていた。
有は既に16歳。
悠季の葬式以来会っていなかったが、久しぶりに会った彼はぐんと背も雰囲気も大人びて、前にも増して圭にそっくりになってきていた。
喪主として勤めている彼に挨拶してみると落ち着いた様子で、悠季が亡くなったあとではあっても、すさんだ様子がないのがほっとさせられた。
恋人が亡くなったことを乗り越えたのかと宅島は胸を撫で下ろすと同時に、この先の彼のマネージメントをやってみたくなった。
「法事のあとにでも話をしてみようかな」
そう考えて、後ほど有と話すのが楽しみとなった。
墓での法事の後、近くの小奇麗な料亭で食事が出され、宅島は久しぶりに会って挨拶をされた悠季の姉千恵子に、最近子供が出来ていたことを知った。
「ええ。悠季が亡くなってすぐに妊娠していることに気がついたんです。このトシでしょう?出産するのもどうかと思ったんですが、せっかく授かった命ですし、なんだか悠季の生まれ変わりに思えまして」
彼女は宅島にしんみりと話してくれた。一時は夫である義明氏ともめたこともあると悠季の口から聞いていたが、今ではすっかり寄り添って仲の良い夫婦であるらしい。
「千恵子さんたちは、今は名古屋にいらっしゃるのでしたか?」
「いえ。少し前から主人が東京に転勤になっておりまして、こちらに来ています。親子水入らずで借家暮らしをしていますよ。私も慣れない東京ですし、赤ちゃんは久しぶりなので何かと戸惑ってはいたんですけどね。でも、よくあの子のお守りをしに有くんが来てくれるので助かっているんですよ。あの子も従兄弟の有くんにはとてもなついていまして・・・・・」
千恵子の視線の先には赤ん坊を抱いて何かを話しかけている有の姿があった。
ふと、有がこちらに気がついたらしく、彼の視線が宅島に向けられた。
彼は、いかにも幸福そうに微笑んでいた。
「・・・・・なぜだ?」
悠季が亡くなった今、彼があんな幸せそうな顔を見せるはずはないと思っていたのだが。
有に抱かれている赤ちゃんが急にくるりとこちらを向いた。有がこちらを見ながら赤ちゃんに何か言っている。宅島がいることを伝えているようだった。
すると、赤ちゃんははっとしたように目を見張り、くるりと顔を背けた。背中を強張らせてぎゅっと有の首に抱きついてみせた。
「・・・・・?」
宅島が赤ちゃんの不思議な反応の仕方に首をかしげていると、有が微笑みながら思わせぶりにこちらを見ていた。
「おい、もしかしてその赤ん坊って・・・・・?」
守村悠季、なのか?という言葉は彼の口の中に飲み込まれた。
明るい日の光だけが、二人に降り注いでいた。
物語は終わり、また新たな物語が始まる。